Interview

必要なのは「人」への投資マインド~リブ・コンサルティング代表に聞く

一定の規模の既存事業を営む中堅企業が新規事業に挑む際はどのように取り組めばいいのでしょうか。大企業から中堅・ベンチャー企業まで、様々な規模の企業に対して経営コンサルティングを提供している株式会社リブ・コンサルティングの創業者で代表の関厳氏に、中堅企業の新規事業開発の進め方や心構えについて伺いました。

聞き手・構成:メディア「事業革新」編集長 小林麻理

大企業ではないが「中小企業」全般ではなく、部署を設置して一定程度の規模で既存事業を営んでいる企業に限定する意味で、本稿では「中堅企業」という言葉を使用します。

説得すべきは「社内」ではなく「市場」である

―はじめに規模の大小を問わず、新規事業に挑んでみたけどもうまくいかない、という企業の方に対してのアドバイスからお聞きしたいと思います。

 日本における新規事業開発は拡大していますが、立ち上がる(売上がたつ)事業は40%程度、さらに収益化に至る事業は20%に満たないと言われています。

 ですから(成功率100%を前提に)一発で当てようと考えず、継続的にチャレンジし続けられることを重視したほうがいいとお伝えしたいです。

 現状、うまくいっている既存の事業も(一発で当たったのではなく)様々な生存競争を潜り抜けてきた事業であることがほどんどなはずです。それをふまえれば「成功率」に関しても(100%ではないと)割り切って考えることができるのではないでしょうか。

―それでも、失敗したくない気持ちが強すぎて検討が長引いたり、(失敗は許容できないことを前提に)本当に成功するのかと上部から追及されて、説得のための資料ばかりが分厚くなるということもよく見聞きします。

 新規事業開発において、「スピード感」は大切です。ベンチャー企業が大企業と大きく違うのは「スピード感」を重視するために成功率に対しての割り切りがある点だと思います。そして、事業の担当者は「マーケット(市場)」とは別の価値基準で判断する「社内」への説得ばかりにとらわれないようにしなければなりません。

 なぜなら、それらしい理屈で作った資料で社内の役員が「なるほど」と気に入ったものを、実際に見込み顧客に見せて「これ欲しいですか?」と聞くとさっぱりな反応が返ってくるというケースはよくあるからです。

 つまり、社内に向けてどう説得するかばかりを考えていると、本来勝負すべきマーケットと事業が乖離してしまう傾向があるということです。

 実は、コンサルタントの世界も同様です。つまり、クライアントを説得するためだけのきれいな報告書ばかりに注力するコンサルタントの話は市場と乖離する傾向があるということです。当社ではクライアントの先、つまり市場を説得できる(マーケットで受け入れられる)ことが経営支援においてなにより大切だと考えています。

 どのような立場であっても事業に携わる人は、最終的に説得すべきは社内ではなく市場である、ということを常に意識しておかなければなりません。

飛び地か、顧客や商品アセットを利用するか

―社内だけを見ているようでは厳しい市場で勝てませんね。成功は簡単ではないことを念頭に、既存事業をもつ企業は新規事業をどのような視点で捉えて挑むとよいでしょうか。

 様々な視点がありますが、既存事業があることを前提とするなら、企業がもっている顧客や商品などのアセット(資産)を活用するか、(それらを活用しない)飛び地で勝負するかで捉えるとわかりやすいと思います。

 最も取り組みやすいのは顧客アセットを活用できる領域です。大企業では、この領域も「新規事業」として取り組むケースも多いです。一方、中堅企業では既存顧客へ別のモノやサービスを提供する範囲では「新規事業」と捉えない場合もあります。

 商品アセットを活用する場合は、これまで相手にしてきた顧客層が違うわけですからより難しくなります。特に顧客属性が違うBtoBとBtoCとを転換するのはハードルが高いと言えます。

 さらにハードルが高いのは飛び地での勝負です。ただし、中堅企業のようにすでにある顧客・商品アセットが大きくなかったり、頼れないことが見えている状態では、ここで勝負するケースも出てきます。

 飛び地での勝負やBtoB企業によるBtoCへの挑戦においては、フランチャイズ(FC)への加盟もよくとられている選択肢の1つです。

 また逆に、自社によるFC展開(フランチャイザーとなってFC加盟店にノウハウを売る)も既存事業がある企業が取り組める新規事業の1つです。

中堅企業の新規事業は社長自身が取り組む

―FC展開を含めた事業化の視点をもつと、自社のノウハウを見直すきっかけにもなりそうですね。さて、ここから中堅企業に焦点をあてたいと思います。まず、大企業と最も違う点はどこでしょうか。

 中堅企業の場合、新規事業は社長自身が当事者として取り組む必要性が高いという点が大企業との大きな違いです。なぜなら「新規事業部」といった専門の部署や、専属の人材を配置することがリソースの観点から難しい場合がほとんどだからです。

 また、会社の状況やリソースを熟知していて臨機応変に動けるのは、社長だからという面もあります。経営状況の変化が激しい中堅会社では、それに連動して新規事業の前提条件などが朝令暮改で定まらないこともよくあります。そうした状況で部下が新規事業を任されたとしても、思うような結果が出せません。

給与が低くて「いい人とれた」時代は過去のこと

―では社長が新規事業に取り組むとなったらどのような心構えが必要でしょうか。

 まず、社長自身が新規事業に取り組む時間を割くためにも、既存事業に社長自身が関わる時間を減らさなければなりません。そのためにITの活用をはじめ、生産性を上げる工夫はいろいろと考えられますが、それらを実施するにしろ必要なのはやはり「人」です。

 大企業でもゼロイチで事業を立ち上げるのが得意な人材が必ずしも豊富だというわけではありません。しかし、少なくとも既存事業のオペレーションの質を上げていくような優秀な人材は大勢います。

 それに対し中堅企業では、既存事業のオペレーションを効率化して収益を拡大するための人材も足りていないと言えます。若年人口が減少に転じているいまは「売り手市場」で、給与や労働環境が良くなければ優秀な人材は採用できません。実際、「お金」はあるけど、「人」がいない、という状況の企業は増えています。

 それなのに「買い手市場」時代に高い給与や快適な労働環境がなくても人を採用でき、既存事業のオペレーションを維持し続けられたということが、ある種の成功体験になってしまっている社長もいます。そういう場合はとくに、人材とそのための投資に対する考え方を変えてもらうのが難しいと感じます。

 逆に、事業には優秀な人材が不可欠で、採用するには高い給与と良い労働環境が必要なことを理解している社長は、優秀な人材を雇う場合に必要なお金や苦労と比べながら、様々な投資判断を積極的にできます。

 しっかりと稼げるようになるために必要なお金を出し惜しみしないこと、特に人に対する投資が大切だということを理解している時点で、事業成功の確率はそうでない場合に比べて確実に高いと言えます。

「人」への投資は必ず成功の素地となる

―昨今では上場企業に対する開示の義務化も背景に「人的資本」を重視した経営が改めて注目されています。なにより、人への投資は一番リターンが良いと思いますが、そうした考えは十分浸透していないと感じるのはどうしてだと思われますか。

 たしかに日本では人材への投資水準が海外に比べて低いと言われています。それは、日本を牽引してきた製造業において「設備」に投資をすることが生産性向上のカギだと捉えられ、実際にそうだった側面もあることが背景の1つだと思います。

 しかし、時代とともに非製造業、つまり「人」の重要性が「設備」に比べて格段に高いサービスや情報産業などの比率がますます上がっています。そうしたなかで、事業発展には「人」へ投資が不可欠だと認識がされるべきだし、「人」の問題に正しく目を向けることが大切だと思います。それが、新規事業に挑む際にも、成功の素地となるはずです。

―「人」の重要性のお話は共感しますし、人への投資には実際のお金の有無よりマインドが大切であることを実感しました。今回は、今後ますます必要性が増すであろう中堅企業による新規事業への挑戦の際に役立つお話をしていただき、ありがとうございました!

2022年経済産業政策局発表の資料によると日本の人材投資(OJT外)の対GDP比率(2010‐2014年平均)は0.1%と、米国2.08%、フランス1.78%、ドイツ1.2%と比べても低い水準となっています。

●関厳氏プロフィール
東京大学卒業後、大手経営コンサルティング会社に入社。住宅・不動産、自動車、電機メーカー、卸売など幅広い業界のコンサルティング支援に関わり、担当企業の多くは増収増益を実現。同社史上最年少で取締役、その後専務取締役に就任し、コンサルティング部門の責任者として活躍。リーマンショック後の逆風の中、自身の統括部門を3期連続の増収・増益に導く。2012年、同社を退職し、株式会社リブ・コンサルティングを設立。「“100年後の世界を良くする会社”を増やす」を理念に掲げ、トップコンサルタントとして幅広い業界のコンサルティング支援に携わる。著書「紹介営業が面白いほどできる本」はAmazonマーケティング&セールス部門1位を記録するなどロングセラーとなっている。