2010年からの10年間の収益成長率が17.5%という調査※に象徴されるように、近年、著しい存在感を示す「サブスクリプション(以下、サブスク)・ビジネス」。新たな事業展開の選択肢として検討する人や企業は多いのではないでしょうか。
それに対し「サブスクを単なる課金モデルの変更と捉えると失敗する」と話すのは、サブスクプラットフォーム世界最大のZuora社で多数のサブスク・ビジネスに携わり、『CFOのためのサブスクリプション・ビジネスの実務』(中央経済社刊)の著者(畑中孝介氏と共著)でもある吉村壮司氏です。同氏に、サブスク・ビジネスの本質と成功の肝について伺いしました。
聞き手・構成:メディア「事業革新」編集長 小林麻理
※参考ソース:Subscription Economy INDEX2022
対象は、小売、ヘルスケア、金融、サービス、製造などあらゆる企業が含まれる。同レポートによると、米国主要株価指数であるS&P500の10年の成長率は3.8%であり、サブスク・エコノミーはその4.6倍の成長としている。
単なる「課金モデルの変更」と捉えると失敗する
―すっかり世の中に浸透したように感じるサブスクですが、「定期収益を得たい」「流行っているから」というだけの姿勢で取り組むと失敗するということも聞きます。どのような点に気を付けるべきでしょうか。
サブスク・ビジネスは、ユーザーが製品やサービスを「一定期間利用する権利」に対して料金を支払うビジネスモデルです。だからといって、既存事業の延長線上にある「課金モデルの変更」や「定期収益化」の事業だと捉えると成功しません(下図)。

「モノ」ではなく「顧客」中心のモデル
―既存事業とまったく「別もの」とはどのような点でしょうか。
「プロダクト」ではなく「顧客」中心にビジネスを考える必要があることで、それがサブスク・ビジネスの本質でもあります。
昔からある新聞の定期購読とデジタル版のサブスクの何が違うか。それは後者が、読者がどの記事を読んでいるか、ということを把握できる点です。すると、たとえば「スポーツ」の記事をよく見ている購読に対しては、スポーツプレミアムプランを提供するようなユーザー中心のサービス設計ができるようになります。サブスク・ビジネスは「誰に売っているかを知っている」ビジネスモデルなのです。
もちろん、従来のプロダクト販売の場合も顧客は大切なことには変わりませんが、どうしても「売って終わり」となりがちです。しかし「利用」に対して課金し、解約も自由なサブスク・ビジネスにおいては、「売ってからが勝負」なのです。

「買ってから」の「持続可能性」がポイント
―買ってもらうことは、「ゴール」ではなく「スタート」ということですね。収益計画をたてるうえで、気を付けるべきことはどのようなことでしょうか。
事業収益を考えるうえでは、スタートからの「時間」と「持続可能性」が事業収益に大きく関わってくることをまず理解しておく必要があります(下図)。


ARR(Annual Recurring Revenue)が年間定期収益、Churn(チャーン)は解約率、ACV(Annual Contract Value)は年間契約金額、nは年度を表します。
この式からも、価格設定に際しては①新規顧客を獲得する(ACVを増やす)②既存顧客からの追加収益を獲得する(ARRを増やす)③解約を防止する(Churnを減らす)の3点から検討がされるべきことがわかります。
「顧客価値」に合わせて複数プランを用意する
―この3つの視点を実現するためにどのような「価格設計」がいいのか、悩ましいですね。書籍では11のプライシングモデル※が提示されていますが、気を付けるべきポイントはどのようなものですか。
どのモデルを採用するかは、市場環境と顧客特性を理解し、各々のメリット・デメリットを鑑みながら検討すべきです。残念なのはそうした検討なしに「単一定額制モデル」しか導入していないケースです。
たとえば新聞の紙版が4,000円だから、電子版は半額の2,000円一択といった発想は、プロダクト中心の考え方の典型例と言えます。
サブスク・ビジネスは「顧客中心」ですから「顧客価値」に合わせた価格設定とプランが必要なのです。たとえばMaaS(Mobility as a Service)の代表格の1つ、テスラの電気自動車のサブスクでは、自動運転プログラムや高速充電機能など、コネクテッドカーならではの様々なプランや有料オプションが用意されています。
また、サブスク・ビジネスで成功している企業の基本プランはたいてい、エントリー・スタンダード・プレミアムの3構成となっています。その前にフリーミアム(無料で使用できるプラン)を入れているケースは多いですが、Zoomの「40分まで」という設定に象徴されるような工夫が大切になります。
下図は、典型的なサブスクの契約例です。このように、複数のプランを用意し、最適なサブスクリプションジャーニーを提供することが、顧客生涯価値(ライフタイムバリュー:LTV)の最大化につながるということです。

※単一定額制モデル、ティア課金モデル、従量課金モデル、上限付き従量課金モデル、変動型従量課金モデル、定額+変動型従量、無料トライアル、フリーミアム、定額ディスカウント、定率ディスカウント
オブザーバビリティで顧客のニーズを把握する
―LTVに着目し「顧客中心」でビジネスを再設計すると考えれば、幅広い分野でサブスク・ビジネスに取り組めそうですね。
デジタル産業でなくても、「顧客中心」のサブスク・ビジネスはできます。書籍で紹介した老舗フルーツ店※のように、個店が、顔が見えるお得意に合わせた商品を定期的に届けるというのは、サブスク・ビジネスの成功事例と言えます。
そして、個店で顔が見える規模の商売ではなくても、「デジタル」の力によって、あらゆる規模のビジネスで、顧客を中心にしたサブスク・ビジネスが実現可能になったと言えます。
ただ、日本はこの「デジタル」の力を活かすという観点で世界に比べて遅れているのが現状ではないでしょうか。僕がZuora社に入社したのは、製造業をはじめとした様々な日本企業がサブスク・ビジネスによって世界でもっと収益を上げられるようになったらいいなと想いからです。
現在は、New Relic社で「オブザーバビリティ(OBSERVILITY:可観測性)」に関する事業に携わっています。オブザーバビリティとは、システム全容をリアルタイムに把握し、改善できる状態にあることです。これによって、あるべきサブスクの事業戦略(下図)にも不可欠な顧客ニーズの把握と高速改善が実現しやすくなります。

※商店街の老舗フルーツ店が、定期フルーツ配達のサブスクを法人向けに提供することで、世界最大級のIT企業などの大口顧客を獲得、フルーツを扱ううえで最も悩ましい廃棄ロスの問題を改善、事業の安定化・高収益化に成功した。
―「オブザーバビリティ」、注目ですね。こうした新たな概念の展開を含め、吉村さんは社会人として20年以上、様々な企業や組織で新事業にも携われてきました。どのような心構えで取り組まれてきたのでしょうか。
自分自身の経験で言うと、連結納税、サブスク、オブザーバビリティなど脈略のない様々なサブスク・ビジネスの立ち上げに携わってきました。最近は「田んぼ」のサブスクも始めました。共通しているのは日本で「初めて」ということです。前例がない分、周囲からは「それ、うまくいかないんじゃない?」とかマイナスの圧を感じることも多いですね。
そうしたなかでは、「自分の気持ちを強く持つしかない」わけで、僕の場合は、「自分が子供の頃に輝いていた日本の企業がデジタルを武器に変革し、将来にわたって新たな収益を上げていって欲しい。次世代の子供達のためにも…」という気持ちが支えになっています。
また、サブスク・ビジネスは顧客中心にした永遠のベータ版という「変化を前提」としたビジネスモデルなので、そもそも「失敗」は無いんですよね。なぜなら失敗したと思ったら「改善」したら良いだけだから。だから「諦めない気持ちさえあれば、失敗はない。」これがサブスク・ビジネスの本質だと思います。
昔から、「お客様満足」や「きめ細やかな改善」は日本の文化だと思います。まさに、サブスク・ビジネスは日本企業にとって強みを発揮しやすいビジネスモデルだと確信しています。
―たしかにマイナスの圧に負けないための「想い」は大切ですね。前半では、サブスク・ビジネスの本質を正しく理解し「新事業」として取り組む必要性を理解できました。続く後半では、共著者である税理士の畑中孝介氏に会計の視点からサブスク・ビジネスについてお話を伺います。
後編:時間軸の視点を加えてCFを最大化しよう(畑中孝介氏インタビュー)
★吉村壮司氏プロフィール
福岡県出身、2000年横浜国立大学卒業、ウエールズ大学院でMBAを取得。日経IT企業、経済産業省独立行政法人、オラクル、サブスクプラットフォーム世界最大のZuora社などを経て、現在New Relic社にてオブザーバビリティの日本展開に取り組む。