Interview

時間軸の視点を加えてCFを最大化しよう~サブスク実務書の著者に聞く(後)

税理士として様々な規模の企業経営を長年支援、2021年に『CFOのためのサブスクリプション・ビジネスの実務』を吉村壮司氏とともに上梓したビジネス・ブレイングループ代表で税理士の畑中孝介氏に、「サブスクリプション(以下、サブスク)・ビジネス」を軸に、新事業に挑戦する人や企業が押さえておきたい会計の視点について伺いました。

聞き手・構成:メディア「事業革新」編集長 小林麻理

前編:本質は「顧客中心」へのモデル転換(吉村壮司氏インタビュー)

時間軸でキャッシュフローを最大化する視点

前編で、サブスク・ビジネスの基本的な考え方について、吉村壮司氏に伺いました。畑中代表はサブスク・ビジネスならではの「単価」×「数量」に「時間軸」を加えた収益計算の考え方(下図)について、どのような印象をもたれましたか?

 (短期的な収益ではなく)「時間軸をふまえたキャッシュフロー(CF)の最大化」という概念をしっかり認識しなければいけないと改めて思いました。

 というのも、『ファイナンス思考~日本企業を蝕む病と、再生の戦略論(朝倉祐介著/ダイヤモンド社刊)』における「GAFAのような企業が日本で生まれにくかったのは、PL(損益計算書)にこだわりすぎているから」という指摘に共感していたということがあります。

日本企業全体で「売上高の9割が低収益事業」

「PLにこだわりすぎている」とはどういう意味なのでしょうか。

 日本的な経営では、短期的な過去の業績指標であるPLにこだわるあまり、売上からコストを引いた「事業損益」を重視しすぎるということです。

 将来的な事業成長やキャッシュではなく、短期指標で「1円でも黒字を多く出すこと」が、至上命題になっていて、その思考が従業員、経営者、銀行に至るまで沁みついているのです。

「コストを下げ、黒字を多く確保する」とだけ聞くと、良いことのように思います。

 はい。問題なのは、「コスト」と「投資」の区別ができていないことです。長期的にコストを下げるために必要な投資もありますし、将来的には高い収益性が見込める事業も最初は投資が必要です。

 黒字が出ているからという理由で(将来コストを下げる投資を行わずに)低収益のまま事業を継続し、将来的には高い収益性が見込めるけど今は投資が必要な新規事業に取り組めていないのが多くの日本企業の現状のように思います。

 実際、日本企業全体の売上高のうち、営業利益率が10%未満の低収益セグメントが9割を占めているという統計もあります(下図)。なお、米国では低収益セグメントはたったの3割です。

※出所:新型コロナウイルスの影響を踏まえた経済産業政策の在り方について」経済産業省第26回産業構造審議会総会(2020.6)資料34p

「既存事業の延長」管理ではサブスクはできない

こう見ると「(長期的な)コスト削減」と「新事業」への必要な「投資」の必要性を強く感じます。それを実行するために、会計の視点ではどのような指標を重視すべきですか。
 
 本来は、会社の現在の財産価値であり投資の結果を表すBS、さらに会社の将来の財産価値、将来利益・キャッシュフローといった点を見るべきです。

 また、M&Aを含めた投資判断の場でよく用いられているのが、EBITDA(税引き前利益に減価償却費等を加えて算出した利益)です。会社の事業自体の利益獲得力の評価指標として重要視されています。

 特にサブスク・ビジネスは立ち上がりから黒字化することが難しく、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)を最大化する観点からも、継続的な投資も必要となります(下図)。

 LTVを最大化する、サブスクで収益を高めるポイントは、下記の公式からもわかるように「解約率を下げる」ということです。

※ARR(Annual Recurring Revenue)が年間定期収益、Churn(チャーン)は解約率、ACV(Annual Contract Value)は年間契約金額、nは年度を表します

 そのために、サービス品質を維持・向上し、新規顧客の獲得をするための投資が必要です。「黒字を1円でも多く」が至上命題で必要な費用を出し惜しむ考え方では取り組めません。

 ですから、既存事業をベースにサブスク・ビジネスに取り組むという場合であっても、会計・業績判断の観点からは「新規事業」として別に扱う必要性が高いと言えます。

 私は、長期的な視点でサブスク・ビジネスを取り組むために、持株会社化(新事業のための別会社を設立)をすることをお勧めしています。そうすると、会計も従業員の評価も別になって事業が推進しやすくなります。また、投下したお金が「コスト」ではなく「投資」と明確にできる点も良い点です。

「持株会社化」は大企業以外も取り組める

「持株会社化」というと、大企業が取り組むもの、という印象を受けます。

 そうでもありません。支店や店舗を別会社にするイメージといえば敷居が低くなるかと思います。実際、複数の中小企業の持株会社化の支援をしています。

 なかには30名程度の規模の会社もありますし、(オーナー一族にこだわることなく)優秀な従業員を新規事業を推進する子会社の社長として抜擢できる、という点を好感するオーナー経営者は多いですね。

税理士の方が組織再編の提案や支援まで行うイメージはあまりなかったです。採用された中小企業の決断は、畑中代表からの提案・支援も大きいかもしれませんね。

 税理士の仕事もある意味、LTVの最大化を目指すサブスク・ビジネスだと考えています。逆に言えば、新たなコンテンツを提供し続けなければ、簡単に解約されてしまう。ですから、常に専門性を磨き、プラスαのご提案をしていくように心掛けています。
 また、実際に提案をする前に自社自体を持株会社化しており、現在当社は、BBHDの下にビジネス・ブレイン、BBインキュベートの2社をぶら下げるホールディングス経営を実践しています。

新事業のタネは身近なところにもある

ー士業もビジネス感覚が問われる時代ということを感じます。最後に新事業に挑戦する方への応援メッセージをお願いします。

 新規事業といっても、まったく新しい商品や斬新な発想、最新の技術が必ずしも必要というわけでもありません。まずは身近なところにある既存事業の中から新規事業のタネを見つけて取り組んでいただければと考えています。

 そうした点で、自社プロダクトに関連したサブスク・ビジネスは業種を問わず、取り組める新規事業とも言えます。前編のお話にも出た、著書で紹介している老舗フルーツ店、居酒屋のサブスク・ビジネスへの挑戦と成功はその好例です。 

 成長というより安定・衰退フェーズに入っている日本企業が多いなかで、新規事業が今後の企業の未来を決めることになると思います。ですから、企業の方の積極的な挑戦を応援したいです。

自社プロダクトに関してサブスク・ビジネスの視点を持つと、事業アイデアの引き出しが増えそうです。そして、前編では本質的な観点からサブスク・ビジネスを新事業として扱う必要性についてお伺いしましたが、後編では、会計の観点からも、同様に別管理する必要性を理解できました。ありがとうございました!

商店街の老舗フルーツ店の例では、定期フルーツ配達のサブスクを法人向けに提供することで、世界最大級のIT企業などの大口顧客を獲得、フルーツを扱ううえで最も悩ましい廃棄ロスの問題を改善、事業の安定化・高収益化に成功している。また、居酒屋の例では、蔵元のオンラインライブ(コト)とともに焼酎(モノ)を楽しめるイベントを価値としてサブスク化し、自店のファンづくりに成功した。

★畑中孝介氏プロフィール
北海道長万部町出身。1996年横浜国立大学経営学部卒業、武藤会計事務所(現税理法人無十)、2015年ビジネス・ブレイン税理士事務所設立、株式会社BBHD(ビジネス・ブレインホールディングス)・株式会社ビジネス・ブレイン代表取締役。著書・雑誌・新聞への掲載多数。

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