Plug and Playは世界18か国30拠点以上で展開するベンチャーキャピタル(VC)・アクセラレーターです。VCとしてはDropboxやPayPalなど多数のユニコーン企業を輩出、アクセラレーターとしても2020年単年で2000社以上のスタートアップの事業化・事業成長を支援した実績を誇ります。
そしてPlug and Playの日本支社として日本の大手企業と国内外のスタートアップの共創を支援し、日本から世界・世界から日本へと可能性を広げ、グローバル規模で時代をリードする企業が多数輩出されるイノベーションプラットフォームの構築を目指しているのがPlug and Play Japanです。今回は、同社で執行役員・COOを務める内木遼氏に、新規事業に挑戦する人と企業を応援する立場からお話いただきました。前半は、新規事業を取りまく日本の環境と企業意識についてです。
聞き手/構成:メディア事業革新 編集長 小林麻理
新規事業の追い風「デジタル化」の流れは逆行しない
―新型コロナウイルス感染症に関する影響により、この1年半で企業や個人は大きな環境変化に見舞われました。新規事業をとりまく環境をどのように見られていますか。
コロナ禍の影響で潜在化したニーズが顕在化したとともに、デジタル化が一層進みました。こうした人々の意識や行動様式の変化は、新規事業にとっては大変、追い風です。
たとえばオンライン学習をはじめ、ステイホームに合わせたサービスが沢山うまれましたし、「定額制で全国どこでも住める」といったユニークなサービスも注目されています。
こうしたデジタル化の流れは、アフターコロナになっても逆行することはないと見ています。
―2021年6月27日の日経新聞で「起業熱 世界でV字回復」として法人設立数増が報じられ、スタートアップへの追い風も感じます。また日本は、「V字」になるほど、設立数の大きな落ち込みもなかったようです。
日本におけるスタートアップの資金調達額は、2019年が2009社・7010億円(1社あたり平均3.5億円)、2020年は1686社・6800億円(同・約4億円)となっています※。この数字を見ても、日本における起業環境が安定してきたと捉えています。
※STARTUPDB(2020年国内スタートアップ投資動向レポート)より
必要なグローバル志向と個別対応のバランス感覚
―続く7月2日の同報道では世界でユニコーン(評価額が10億ドル超の未上場スタートアップ)企業が5割増え700社突破とありました。ただ、アメリカの374社(前年228社)中国の151社(同124社)に比べると、日本は6社(同3社)とかなり少ないです。原因はどこにあると思いますか。
海外と比べて日本のスタートアップは、グローバル展開を前提とせず国内マーケットのみを対象としている企業が多い印象です。それは、グローバル化に挑むための環境が海外と違うことや目の前の顧客を大切にする志向が強いなど、様々な要因が考えられます。
たとえば、日本のスタートアップが協業した大手企業の要求仕様にあわせて自社のプロダクトを変更していくうちに、汎用性や拡張性に欠けてしまうというケースがあります。大きなマーケットを志向して標準化しながら、一方で個別対応をするというバランス感覚がとても大事だと思います。
こうした状況を踏まえ、我々は海外のVCやベンチャーとネットワーキングをしたりグローバル化に必要なメンタリングを提供しています。このような活動によって、日本のスタートアップがグローバル展開を前提とした戦略を立てて大きく成長していくという潮流をつくりたいと考えています。
最近の当社の支援事例で言えば、行動認識AIを提供するアジラと自動車部品を製造するアイシン精機が協業して開発したバス転倒防止システムがCES(Consumer Electronics Show)で展示されました。日本企業同士の協業の成果が、グローバルに向けて発信する大きなイベントでの展示につながった嬉しい事例です。
既存事業部門に新規事業への理解を得るにはどうするか
―既存事業や顧客の存在感が大きい大企業では、スタートアップ以上に新規事業創出が難しい場合があるかもしれません。大企業の新規事業創出がうまくいくためにはどうすればいいでしょうか。
役員層、既存の事業部門、新規事業部門、社内風土と4つの視点で見ると、それぞれに課題と対策があります。まず、役員層の視点では、新規事業部門へのコミットメントを継続的に実施することが必要です。役員が短期的に切り替わり、新規事業立ち上げの際に決めた方向性などが引き継がれないケースを見ることがあるからです。
そして既存事業部門レベルでは新規事業を理解することが大切です。それによってシナジーも生まれます。一方の新規事業部門は役員や既存事業部門に動いてもらえるよう、意識的に巻き込んでいくことも重要と言えます。
その前提として、新規事業創出に協力的ではない社内環境なのであれば、全社的に新しいものに挑戦しようという「社内風土」を醸成していかなければなりません。
―とくに既存事業部門においては「自身の仕事に変化がせまられるのではないか」という恐れとともに、新規事業を応援しづらいという心情になる人もいるのではないでしょうか。
たしかに、長年存続している既存事業にずっと携わってきた人達は、変化よりも過去を踏襲することのほうが「是」とされるような環境の中にあるかもしれません。ですから、新しいテクノロジーや場合によっては自分たちを脅かすような技術を持ったスタートアップなどに日常的に接することで、意識や環境を変えていく必要があります。
実際、当社ではスタートアップ数社と大企業を訪ねてピッチをさせていただいたり、ディスカッションの場を設けたりと「環境づくり」から支援に入る場合もあります。
シリコンバレーで成功している日本企業の特徴は
―そういった環境づくりは、閉鎖的な村に外の世界を認識してもらうプロセスに似た大変さを感じます。
その点、昨今のデジタル化の流れによって、環境変化に対する理解は得やすくなっています。その以前からも、日本の大企業のオープンイノベーション環境は改善していると感じますし、スピード感も出てきました。
たとえばダイムラーとwhat3wordsという新しい地図情報ソフト※を提供するスタートアップの協業事例では、役員クラスの方が直接、話し合いに加わることで、紹介から7カ月で実装に至りました。これは大手・自動車会社としてはかなり早い意思決定と言えます。
※世界中を3メートル四方に区切り、それぞれのマス目に3つの単語の組み合わせを割り当てる地図システム。公園や山の中など住所や周辺情報によって説明することが難しい場所も特定できる。
―以前、日本の大手企業はスタートアップに対して提案待ちや受け身の姿勢が強く、シリコンバレーに行っても協業があまり進まないというお話も聞きました。最近は、企業意識も変化しているということでしょうか。
はい。たしかに「シリコンバレーに行っても情報収集だけしかしない」という姿勢の日本企業も過去、多かったのは事実ですが、昨今では、能動的に協創しようという動きも目立ってきました。
そして、ヤマハ、ホンダ、SOMPOホールディングなど、成功事例と言われる企業の特徴としては、金銭的決裁も含めて現地で素早く意思決定できる体制を整えているということです。こうした成功事例がほかの日本企業への刺激にもなっていると思います。
―新規事業創出の機運が日本でも熟してきたことを感じます。後半では注目分野や内木COOご自身の挑戦談を交えて新規事業に取り組むにあたって必要なことについて引き続きお伺いしてきます。