Interview

3×3で事業アイデアの真価を伝える~ソニーG・高木氏に聞く-前編

2000年ソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)に入社。同社で研究開発、新規事業創出などを経て、現在はソニーグループの人材開発を担い、ソニーグループ社員の多様性を活かした成長の場である「PORT」の企画運営リーダー(ソニーピープルソリューションズ株式会社在籍)を務めている高木芳徳氏。

東京大学の非常勤講師も務め、今年4月『トリーズ(TRIZ)9面画法~問題解決・アイデア発想&伝達のための[科学的]思考支援ツール』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を上梓するなど、社内外でトリーズの教育・啓発活動に力を注いでいます。

今回は、ご自身が携わった新規事業を振り返りながら、事業アイデアの「発想と伝達」双方に役立つユニークな手法「トリーズ9面画法」の活用法についてお伺いしました。前半ではトリーズ9画面法とは何か、そして営業での実践的な使用法について教えていただきます。

トリーズ(TRIZ)は、ロシアの特許審査官が200万件以上の特許検証の過程で作成した発明と問題解決の理論。9画面法はその1つ。

聞き手・構成:メディア「事業革新」編集長 小林麻理

アイデアの伝達と共有で不可欠な「第3の情報」

―普段、アイデアを伝えるためにビジネスツールといえば「2×2」のマトリクス図をよく使いますが、「トリーズ9面画法」が「3×3」なのはどうしてでしょうか。

とても良いアイデアだと自分では思うのに、イマイチ相手にそれが伝わっていないと思うときはありませんか。それは往々にして、そのアイデア自体が良くないものというよりも、「そのアイデア」の前提となる課題設定や、実現したい未来が共有できていないからだったりします。そのため、それらを伝えるための「3つ目の情報」が必要なのです。

まず、「ヨコ(時間)軸」で使用するラベルの例を見てみましょう(下図)。基準の時点を中央に、それより前の時点を左に、後の時点を右に置きます。「過去」「現在」「未来」といった時間軸は比較的、理解しやすいと思います。

次に「タテ(システム)軸」で使用するラベルの例を見てみましょう(下図)。広いマクロで俯瞰した空間から狭いミクロ空間へと視点を掘り下げるイメージです。

左から2番目の中央「提供価値」を語るにはその前提となる「背景・環境」(上段)の説明が必要です。そのうえで、具体的な「提供する要素」(下段)へと内容を掘り下げるといった具合です。

下図は、タテ(システム)軸に「背景・環境」「提供価値」「提供する要素」を、ヨコ(時間)軸に「過去」「現在」「未来」を置き3×3にした例です。

先進派?保守派?営業先の「視点」に合わせて説明する

―ご自身が関わられた新規事業のサービスを営業する際も、この9面画法を使われて受注に結びつけられたそうですね。アプローチのポイントはどんなものですか?

気を付けたいのは、いきなり3×3の情報すべてを理解してもらおうと思わないことです。9つの要素は、相手にとっては情報過多になってしまうからです。

そこで、最初のポイントは、タテ(時間)軸やヨコ(システム)軸の一段のみを見せて説明し、まずは「1画面(マス)」ずつ、合意をとっていくことです。

上図を例に「会議ツールの工夫(新規に提供する要素)」を提案することとしましょう。ここで、もっともオーソドックな方法は、「背景や環境(移動の自粛要請があり、テレワーク導入が進んでいる)」→「提供価値(オンライン経由のコミュニケーションを円滑化する)」→「提供する要素(会議ツールの工夫)」と上から下へ順に説明することです。

―広い視野から具体的な要素へ落とし込んでいくということですね。ただ、「背景や環境」の共有のしやすさは相手によってだいぶ違いませんか?

はい、世の中にはイノベーターやアーリーアダプターと呼ばれる先進的なことを好む人と、その逆で保守的な人がいます※。

「環境の変化」を認め(たく)ない傾向にある保守的な人にいくら、新事業アイデアの前提として「こんなふうにビジネス環境は変化しますよ」と最上段の環境変化を説明してもなかなか受け入れてもらえません。つまり、相手の特性に合わせたアプローチをすることが必要だということです。

※ジェフリー・ムーアの著書『キャズム』では、製品が市場に普及する過程を、先進的な(購入)順に、イノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティ、レイトマジョリティ、ラガードに分類している。

「過去の背景」から共有して信頼の土台をつくる

―わかります。たとえば「テレワークの導入が進んでいる」※ことに共感してもらえなければ、「そこで終わり」ですよね。具体的にはどのように進めればいいのでしょうか?

まず、どんなタイプでも共通なのは「過去」の環境や背景について最初に合意することです。上図の例でいえば、「以前は移動が自由でオフィスワークが主体でしたよね」ということは、先進的な人だけでなく保守的な人とも簡単に合意がとれるわけです。また、「過去の環境や背景」について、顧客の産業ならではの事情について話をすると、「自分たちのビジネス環境をよく理解したうえで提案している」と、より信頼を得やすくなります。

過去の環境を共有したら、先進的な人へは、「今は移動自粛の必要性があるためにテレワークが進んでいますが、今後、移動が自由になっても(オンライン会議ツールの浸透などで)以前よりは出勤の重要性は低くなりますね」というふうに最上段にあたる「環境」の部分にフォーカスしたまま、変化が加速していくことを話していきます。

そしてそのまま「うん、自分もそう思っていたんだ」という共感を得られればその環境の変化に合わせて、さきほど話たように「提供価値」→「提供する要素」へと落とし込んでいけばよいことになります。

※東京都におけるテレワーク導入率は2020年4月の緊急事態宣言で62.7%(2020年3月時点で24%)となり、以降約50~約65%の間で推移、2021年5月が56.6%となっています(東京都・産業労働局発表)。

―そうなると話も弾み、商談もスムーズにいきそうですね。では、保守的な人にはどうするのでしょうか?

環境の変化(最上段の遷移)ではなく、現在すでにある具体的な「提供価値」の部分に焦点をあてて説明します。例でいえば、(テレワークの話は置いておき)「オンライン経由のコミュニケーションを円滑化する」という価値です。

この部分は、社長や上司からなんらかのミッションとして伝えられていたり、周囲の企業での実施例があるはずです。ここで、「オンライン経由のコミュニケーションが円滑化できればいいですよね」と、合意がとれたらそのための「要素」(会議ツール)を説明し、その後に背景・環境の話に引き上げる(この提供価値によってテレワークにも対応できる)、といったように視点を上下させながら話を進めていくとよいでしょう。

―視点の高さを相手に合わせて説明するのが大切ということですね。とても勉強になります。後半でも高木さんの経験を振り返りながら引き続きトリーズの活用法について伝授いただきます。

後編はこちら
事業検討中も適切に方向転換する~ソニーG・高木氏に聞く-後編

「トリーズ9画面法」については、下記チャンネルや書籍をご参照ください。
「トリーズ9画面法」チャンネル
<トリーズの9画面法-ロジカル9画面>


★『トリーズの9面画法~問題解決・アイデア発想&伝達のための[科学的]思考支援ツール)

★高木芳徳氏プロフィール
東京大学大学院工学系研究科卒、研究テーマは「知の構造化」(MITとの共同研究)。在学中に年商100億円規模の組織における常務理事として5年間無限責任で経営にあたる。2000年ソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)に入社。R&D部門で2009年度の発明最多賞を取得。2012年TRIZシンポジウムで「最も役に立った発表」賞受賞。前出の書籍のほかに2014年に上梓した『トリーズ(TRIZ)の発明原理40』がある(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。現在は、ソニーグループの人材開発に担い、ソニーグループ社員の多様性を活かした成長の場である「PORT」の企画運営リーダー(ソニーピープルソリューションズ株式会社在籍)を務める。また東京大学の非常勤講師も務めている。

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