Interview

事業検討中も適切に方向転換する~ソニーG・高木氏に聞く-後編

2000年ソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)に入社。同社で研究開発、新規事業創出などを経て、現在はソニーグループの人材開発を担い、ソニーグループ社員の多様性を活かした成長の場である「PORT」の企画運営リーダー(ソニーピープルソリューションズ株式会社在籍)を務めている高木芳徳氏。

東京大学の非常勤講師も務め、今年4月『トリーズ(TRIZ)※9面画法~問題解決・アイデア発想&伝達のための[科学的]思考支援ツール』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を上梓するなど、社内外でトリーズの教育・啓発活動に力を注いでいます。

今回は、ご自身が携わった新規事業を振り返りながら、事業アイデアの「発想や伝達」に役立つユニークな手法「トリーズ9面画法」の活用法についてお話いただきました。後半は新事業の「未来予測」における活用法についてです。

前編はこちら
3×3で事業アイデアの真価を伝える~ソニーG・高木氏に聞く-前編

※トリーズ(TRIZ)は、ロシアの特許審査官が200万件以上の特許検証の過程で作成した発明と問題解決の理論。9画面法はその1つ。
聞き手・構成:メディア「事業革新」編集長 小林麻理

サービス背景に共感しプロジェクトに参画

―トリーズ9画面法を実際に活用したケースとして、高木さんが携われた新規事業の概要と参画経緯などについて教えていただけますか?

私が関わった新規事業は処方薬のデジタル管理に関するサービスです。参画したきっかけは、その新規事業の責任者が同期で、声をかけられたということでした。

そして私自身が、「誤って複数の薬を服用した際の事故」や「(薬の重複処方などによる)医療費の逼迫」への対策になるという、新規事業の背景に共感できたことが参画の決め手となりました。当時、私は違う部署に在籍していましたが、新規事業部で自分の半分の「工数」を割くことを許可してもらいました。

―社内「兼業」みたいなカタチですね。部署を掛け持ちできるのが、社内の風通しの良さを感じます。苦労されたことはなかったのですか?

もともと、在籍部署の中でも(新規事業開発と親和性の高い)調査職務にあったというのもありますが、なにより意欲を応援してくれる上司やプロジェクトリーダーの理解にも恵まれたと思います。そのため新規事業プロジェクトに関わる過程で「社内事情でとても苦労した」ということは私個人では感じませんでした。

環境に合わせた「方向転換」の説得に9画面法が役立った

―じつは大企業ならではの社内連携や承認の難しさといった苦労があると考えていたので、その点は意外でした。では、このプロジェクトでもっとも大変だったということはどんなことでしょうか?

プロジェクト検討の過程で医療に関する制度改定をはじめとした状況変化に何度も見舞われたのがもっとも苦労した点です。そのたびにサービスアプローチを変更し、最終的には、制度と環境の変化に対応するカタチで「アドヒアランス※サービス」へと舵を切り、現在は別の会社へと引き継がれています。

※アドヒアランスとは、服薬におけるコンプライアンスを指す用語。患者が服薬に対して主体的に関わりながら、正しい服薬方法を順守すること。

―サービスの前提となるビジネス環境が変わっているのに「方向転換」できないケースもよくあります。組織だとなおさらです。どうしてそれが実現できたのでしょうか?

方向転換の連続の中で、各メンバーが様々な場面で説得に成功したからでしょう。主なものを3つ挙げるなら、1つめは当時の新機能担当チームの説得、2つめは顧客の説得(営業成功)、3つめは上層部の説得です。

1つめのチームの説得に関しては、9画面法で複数のビジネス環境予測と合わせて本プロジェクトの方向性を検討のうえ、「処方薬を管理する」だけでなく、処方薬に紐づく様々なデータが将来的に資産になるだろうという予測を共有し、どちらに転んでも役に立つ技術要素を優先して蓄積していたということがあります。だからこそ、新機能開発を推進できたと言えます。

2つめの顧客の説得に関しても、前回話したように「相手の環境、価値創造、具体的要素」について、過去、現在、未来に分けて合意を得ることにより、有償での受注をいただけました。

この有償受注が3つめの説得、つまりその新規事業の歴史の中でも最も大きな「方向転換」を上司が上層部に説得する際のキーになりました。当時の上司も、「この9画面法は、新規事業を続けていく際の、きわめて有効な説得ツールだ」と評価してくれています。

未来を的確に予測するということは大変難しいですから、新規事業を継続させるために大切なことは、この9画面を何パターンも、そして様々な粒度で用意することです。

もちろん「方向転換」の実現にあたっては、上層部のあと押しやプロジェクトリーダーの奔走など、様々な人の尽力があったのは言うまでもありません。

「狙っていないもの」が生まれる大切さ

―今日うかがった、部署を超えての人材活躍、事業の適切な方向転換、データ価値への正しい認識などは、日本のイノベーションを牽引してきたソニーならではという面もあるかと思います。7月13日の日経新聞では「ソニー、非財務資本9兆円 知財や人材力、高PBRに反映」という見出しの記事が掲載されていましたよ。

非財務資本として「人材」の部分がきちんと評価されているのであれば、現在ソニーグループの人材開発に携わり、ソニーグループ社員の多様性を活かした成長の場である「PORT」の企画運営リーダーを務めている自分としては大変嬉しいことです。

オンライン会議ツールによる業務コミュニケーションはコロナ禍で浸透しましたが、「PORT」のように、人が自主的に集い、互いの多様性が交わるような「場」はやはり大切だと考えています。

それは、情報の共有や伝達、という部分はもちろん、何気ない日々の雑談などから「狙っていない」アイデアや新事業のタネは生まれやすいものだからです。「狙っていないもの」というのは、じつは強いのです。なぜなら自分が「狙っている」ものはほかの人も「狙える」わけですからね。

実現の第一歩は新事業アイデアを「伝える」ことから

―合同会社事業革新の共同立ち上げも、コーワキングスペースでの運営者の大高と入居者の私の雑談という「偶然」から始まっていますので、よくわかります。
そうして偶然に生まれた「事業のタネ」も、育てていく段階で「伝達」や「未来予測」が不可欠ですから、9画面法の活用場面が増えそうです。

はい、みなさんにぜひ活用いただきたいと思います。最初から、9画面をいきなり作成してみようとしても難しいので、まずは前半でお話したように、ヨコとタテを一段ずつ考えて作成してみるのがよいでしょう。

こうしたツールを使いこなすことで、「言葉」だけでは新事業アイデアの真価が伝わりづらい相手とのコミュニケーションもより円滑になるはずです。また、オンライン上のコミュニケーションで有効に機能することはもちろんです。

現在、誰もが実感するような環境変化が起きているという面では、新事業のアイデアが伝わりやすい「チャンス」とも言えます。そこでまずは、アイデアを人に「伝える」ことから始めてみてはいかがでしょうか。そして実現への第一歩を踏み出してほしいです。

―今日は、「トリーズ9画面法」の要諦を直接、伝授いただきありがとうございました。私も情報発信を支援する立場として、今後、強力な伝達ツールとして積極的に活用したいです。なお、今回お伝えしたのはトリーズ「トリーズ9画面法」の「要素」や限られた活用例です。習得や様々なシーンで活用例にご興味のある方は、下記動画や書籍を参照してください。

「トリーズ9画面法」チャンネル
<トリーズの9画面法-ロジカル9画面>


★『トリーズの9面画法~問題解決・アイデア発想&伝達のための[科学的]思考支援ツール)

★高木芳徳氏プロフィール
東京大学大学院工学系研究科卒、研究テーマは「知の構造化」(MITとの共同研究)。在学中に年商100億円規模の組織における常務理事として5年間無限責任で経営にあたる。2000年ソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)に入社。R&D部門で2009年度の発明最多賞を取得。2012年TRIZシンポジウムで「最も役に立った発表」賞受賞。前出の書籍のほかに2014年に上梓した『トリーズ(TRIZ)の発明原理40』がある(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。現在は、ソニーグループの人材開発に担い、ソニーグループ社員の多様性を活かした成長の場である「PORT」の企画運営リーダー(ソニーピープルソリューションズ株式会社在籍)を務める。また東京大学の非常勤講師も務めている。

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