Interview

量子コンピュータはビジネスになる~住友商事・蓮村氏に聞く-前編

2021年、量子コンピュータ※1を用いたQuantum Transformation※2プロジェクトを立ち上げ、東北大学大学院情報科学研究科 客員准教授も務める住友商事の蓮村俊彰氏。2018年までは電通に在籍、日本初のクラウドファンディングを活用した民間地上波放送日本初・最大のFinTechコミュニティFINOLABの設立など数々の新事業に携わられています。
蓮村氏へのインタビュー前編では先進テクノロジーをビジネスに落とし込む際の視点、そして、現在進行形で進む量子コンピュータを用いたプロジェクトの内容についてお話いただきました。

※1:量子コンピュータは(0と1のビットで情報を表現する)現在のコンピュータとは違う「量子」の特性を活かした情報処理方法で、省電力で高速な計算を実現すると期待されています。2019年にグーグルが最先端のスーパーコンピューターで1万年かかる計算を、量子コンピュータによって200秒で実行したと発表したことが大きな話題になりました。
※2:Quantumとは量子の意味。Quantum Transformationは、「DX」と省略されるDigital Transformation同様、QXと略されています。

聞き手・構成:メディア「事業革新」編集長 小林麻理

「技術が最先端=ビジネスで勝てる」ではない

―蓮村さんは、FINOLABや(ハードウェアスタートアップを支援する)HAX Tokyoの立ち上げ、現在は量子コンピュータを用いた事業開発と、先進テクノロジーの分野に携わってこられました。そこで先進テクノロジーをビジネスに落とし込む際の視点について教えていただけますか

先進的なテクノロジーというのは世の中に数多く存在しています。しかし日の目を見ないまま忘れ去られてしまうものがほとんどです。

ここで、「日の目をみるかどうか」つまり「ビジネスにつながるか」を決定づけるものは、ニーズを満たす、課題解決するといった「バリュー」を生み出せるか否かにかかっています。そして、世の中に受け入れられるキラーコンテンツやアプリケーションを生み出すことが重要です。

―技術の生み出す「バリュー」に着目すべきで、技術自体が「最先端」であるということは、重要ではないということですね。

はい。たとえば、報道によるとGAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)5社の時価総額の合計は日本の上場企業全体を超えており※3世界でとびぬけた存在感を示しています。

しかし、彼らが出てきた当時を振り返ると検索サイトやSNSなどがまったくなかったわけではなく、似たようなものはすでにありました。同時に創業当時のGAFAMの先進性やテクノロジーがまるで異次元なレベルで突出していたかというとそうでもありません。

にもかかわらず、既存の類似プロダクトは彼らにその分野の覇権を握られるに至りました。つまり、「その分野の覇者=パイオニア」という式は成り立たないことも多いのです。

※3:2021年8月26日の日経新聞報道によるとGAFA4社合計で7兆500億ドル、日本上場企業の合計は6兆8600億ドルです(データ出所はQuick・ファクトセット)。また、2021年8月17日の同報道では、マイクロソフトの時価総額は2兆1778億ドルとなっています。なお『会社四季報 業界地図 2022年版』によると、売上高はGoogleが約20兆円、Appleが約30兆円、Facebookが約9兆円、Amazonが約42兆円、Microsoftが約16兆円で、合計約117兆円です。

シェア争いの勝敗要因は戦略面が大きい?

―思えば、SNSのmixiは私も含め一定の利用者が日本にいましたが、あっという間にFacebookへと流れたことに驚きました。こうしたことは、数々の日本の先進的なプロダクトがGAFAを含めた海外のプロダクトにその存在感を奪われたことの象徴のように感じます。どうしてそうなってしまったのでしょうか。

彼らが日本市場を含めて世界を席巻できたのは、最初から「世界を席巻しよう」と考えていたり、そもそもの最初の市場が世界市場と地続きだったりという要因がありそうです。一方で、彼らに存在感を奪われてしまった日本の企業は、そうではなかったということだと思います。

日本で成功すればいい、または日本の市場しか見ていないと、当たり前のようにグローバルありきで圧倒的なシェアを獲得する戦略をあらかじめ描いている企業とプロダクトに、あっという間に日本市場は飲み込まれてしまうのです。

―つまり、こうしたシェア争いの勝敗は、戦略面に起因する部分のほうが大きいということですね。前述のmixiでいえば、足跡機能や匿名性など様々な機能や仕様面からの敗因分析を目にしましたが、その指摘は本質的ではないですね。

そうです。まずは、先進技術からキラーコンテンツ/アプリケーションといった「バリュー」を生み出すことが大事です。しかし、それだけでは足りなくて、最初からグローバル展開できるようなマーケットで勝負し、それをスケールする戦略をあらかじめ描いていることが大切だと思います。

僕が総合商社の住友商事に転職したのは、そうしたグローバル戦略を描ける企業としての土台に対する期待があるからです。

量子コンピューティングは世界を変える

―「技術は最先端でなくていい」ということですが、量子コンピューティングはまさに最先端の技術のように感じます。取り組むきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

直接のきっかけは『量子コンピューティングが変える未来』(寺部雅能・大関真之 共著/発行:オーム社)の著者でもある寺部がデンソーから住友商事に転職してきたことです。そこで、(新事業の立ち上げが得意だからと)当時の上司から私に声がかかり、この書籍を読んだところ、これは「世界を変える先進技術だ」と確信した次第です。

―そうした経緯だったのですね。スパコンで1万年かかる計算が200秒で、という話はすごいとは思いましたが、現実にそれほど高度な計算が必要なものがあるのでしょうか。

はい、たいへん複雑で高度な計算が必要な分野というのは実はまだたくさんあります。たとえば組み合わせを最適化するという問題で、常に移動する自動車の渋滞解消をリアルタイムに計算する場合を考えてみます。その際まず、車1台につき(少なく見積もって)仮に3パターンの経路の選択ができるとします。するとたった30台の車でも、自動車全体の経路の組み合わせ数は3の30乗となり、200兆通りにもなります。

渋滞を解消するには、この組み合わせから渋滞しない経路の組み合わせを瞬時に見出し続け、それに沿ったルート指示を各自動車に出し続けなければなりません。この高度な計算を、量子コンピュータは高速で実現できると期待されています。

そして、このような量子コンピュータの高度な計算能力を利用して、住友商事QX PJでは「空の渋滞」を解消するQuantum Skyプロジェクトを進めています。前提として、私達はeVTOL※4という空飛ぶクルマ(下図)やドローンが飛び回る世界が近い将来やってくると見込んでいます。

※「Quantum Transformation」サイトより
https://www.quantumtransformation.world/post/20210531

空飛ぶクルマが飛び交う世界を実現するためには、安心安全かつ経済性も十分な、数多くのエアモビリティが飛び交う運行が求められます。空を渋滞させず、事故を起こさせず、数十万台規模の空の交通を管理するには、先ほどお話した陸の渋滞解消、つまり2次元での交通管理以上に高度な3次元交通に対応する計算能力が必要となるため、量子コンピュータの活躍が不可欠になると予想しています。

現在は量子コンピュータを安価に利用できるクラウドサービス※5もありますから、以前のように高額なハードウェアを購入したり、直接量子コンピュータベンダーと利用契約をせずとも、アプリなどの実証実験をすることができます。

※4:electric Vertical Take-Off and Landingの略。ヘリコプターより静音で垂直離発着が可能。空飛ぶタクシーとして、2020年代のうちにも実用化されるとも言われています。
※5:アマゾンウェブサービス(AWS)がD-Wave、IonQなどの量子コンピュータを利用できるクラウドサービスを提供しています。

「DX」の先にある「QX」で日本が世界を主導する

―クラウドで量子コンピュータを手軽に利用できるサービスがあるとは驚きでした。そうなると、QXに取り組む敷居は下がりそうです。ただ、まだ日本はDXの段階でカベにぶつかっているケースも多い印象があります

もちろん、QXによる社会変革の土台はDXです。そのためDXの推進は必須です。そこで今年1月、「企業内DX推進コミュニティ」をビザスクさんと立ち上げました。ただし、私はあくまでDXはゴールではなくて、その先にあるQXを目指すという意識でいます。その背景には、日本が世界を主導し、新しい産業を興していかなければいけない、という強い想いがあります。

―なるほど。「DXは前提であり、ゴールではない」という視点はとても興味深いですね。そして蓮村さんの新事業開発と推進にかける想いについて、後編で改めて伺います。

後編:胸を張って次世代にバトンを渡したい~住友商事・蓮村氏に聞く

★蓮村俊彰氏プロフィール
住友商事 新規事業投資部 部長代理。2006年、慶應大学在学中にカメラマン業を法人化、2008年に廃業し電通に入社。J-WAVEやREADYFORと共同で、広告主のいないクラウドファンディングを活用した地上波民間放送を日本で初めて実現。2016年、三菱地所、電通国際情報サービスと共同でFINOLABを設立。2019年に住友商事へ転職、HAX Tokyoの立ち上げに従事。2021年、寺部雅能氏とともにQuantum Transformationプロジェクトを立ち上げ、東北大学大学院情報科学研究科 客員准教授に就任。

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