胸を張って次世代にバトンを渡したい~住友商事・蓮村氏に聞く-後編

2021年、量子コンピュータ※1を用いたQuantum Transformation※2プロジェクトを立ち上げ、東北大学大学院情報科学研究科 客員准教授も務める住友商事の蓮村俊彰氏。2018年までは電通に在籍、日本初のクラウドファンディングを活用した民間地上波放送日本初・最大のFinTechコミュニティFINOLABの設立など数々の新事業に携わられています。インタビューの後編では蓮村氏の学生時代の起業にも触れながら、新事業開発にかける想いについてお話いただきました。

前編:量子コンピュータはビジネスになる~住友商事・蓮村氏に聞く

※1:量子コンピュータは(0と1のビットで情報を表現する)現在のコンピュータとは違う「量子」の特性を活かした情報処理方法で、省電力で高速な計算を実現すると期待されています。2019年にグーグルが最先端のスーパーコンピューターで1万年かかる計算を、量子コンピュータによって200秒で実行したと発表したことが大きな話題になりました。
※2:Quantumとは量子の意味。Quantum Transformationは、「DX」と省略されるDigital Transformation同様、QXと略されています。

聞き手・構成:メディア「事業革新」編集長 小林麻理

デザイン・アートの世界から起業、ビジネスの世界へ

―学生時代に起業し会社設立もされていらっしゃいますが、その経緯はどのようなものだったのでしょうか。

画家だった母親の影響でもともとはデザイン・アート系が志望、実際芸術大学へ入学予定でした。しかし、諸々あってデザイン・アート系の授業やゼミもある慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスに入学しました。

在学中、アルバイトがてら写真や映像の撮影・制作を引き受けていたなかで、海外での撮影が必要な大きなお仕事が舞い込みます。売上も、世界中を旅する必要経費もそれなりの額になるため、クライントのアドバイスで会社を設立。株式を引き受けてもらい、それを必要経費にあてたというのが経緯です。

そして世界中を旅して写真を撮影して回り、大変貴重な経験ができました。写真自体も評価されるようになり、いくつか賞もいただきました。

― せっかく会社も立ち上げて、写真の賞も色々取られたのに、その道には進まなかったのですか?

同じ頃、近所のフォトジャーナリズム雑誌の編集部に入り浸って手伝っていたのですが、「一枚の写真が国家を動かすこともある」という編集長の言葉とは違うアプローチを考え始めました。

それは、実際に世界の戦場やスラム、廃墟等を歩き回って感じた戦争や貧困等を引き起こす原因に(写真ではなく)直接アプローチすべきではなかろうか、という想いが出てきたということです。

そして、その原因とは、産業の喪失や衰退、未熟さなのではなかろうかと考え、「産業づくり」へと興味を持つようになりました。

映像産業のデジタルディスラプションを見据えて

―つまりデザイン・アートの世界から、ビジネスの世界、産業づくりへの挑戦と興味の対象が変わったという理解でよろしいでしょうか。

どちらかというと、美術・芸術作品を創造するように事業や産業を創造できないだろうか、それこそ産業創造も巨大アート作品制作と言えないだろうか、というような考えを持ちました。

また、映像産業のデジタルディスラプションを見据えた判断もありました。僕が学生時代を過ごした2004~2008年ごろは、インターネットが急速に普及した時期です。色々な人がデジタル写真を撮るようになっていて、大量の写真を撮れば、それなりに良い写真も撮れるものです。
こうなってくると写真の単価は下がる一方で、実際に無料やただ同然の価格で高品質な写真が流通し始めたのもこの頃です。

これでは中々食っていくのも難しいと思いました。同時に世の中の不具合を解消する産業を創るには、個人事業主のようなカメラマンでは難しいかもしれないとも思い始めていました。

―まさに今、無料や安価なデジタル写真素材がネットで手に入りますね。ただ、2012年に米国破産法11条の適用を受けたコダック※3のように急速なデジタル化についていけなかった企業も多かったように思います。どうしてそこまで予測できたのでしょうか。

高校時代に手が出なかったような機材やソフトウェアが、数年でちょっとバイトすれば買えるようになったという時代の速さを肌で実感する時期だったということが大きいです。そして、既存産業は衰退しながら、新陳代謝していくものなので、常に時代の先は見ておく必要はあると思います。

―そうですね、既存事業がまだ稼げているうちに新事業に先手先手で取り組む必要性を強く感じます。

そのとおりです。一方で、新しい事業の芽を見出し、産業の新陳代謝を担う人々が、様々な組織や集団の中でサンドバッグにされるような状態を経験したり、見たりもしてきたのは残念なことです。

※3:写真フィルムの販売を主力事業としていたコダックは、写真デジタル化の波に乗り遅れ、米国破産法11条の適用を受けるに至りました。一方で、同様に写真フィルムが主力であったなか、自社の技術を生かして新産業への挑戦に成功した富士フイルムが対比事例としてよく扱われます。

組織を納得させるのに有効な「外圧マッチポンプ」

―投資が必要で、収益がすぐに見えない「新事業」に対する批判・批評はつきものですよね。蓮村さんは新規事業への批判や批評に直面した際、なにか工夫していたことはありますか。
特に意識していたのは「外の力」を使うことで、僕は「外圧マッチポンプ」と呼んでいます。自分1人の世界で検討を進めていても「取るに足らない考え」と組織内で捉えられることが往々にしてあります。

ですから、先手で外の協業先、協力者を見つけることは有効です。たとえば、FINOLABは三菱地所さんという強力な協業先があったからこそ、立ち上げられたプロジェクトだと言えます。そこまでしない場合でも「〇〇社もこの件で動いているらしい」「インフルエンサーの××氏もこう述べている」など社外の情報を取り入れることは心がけていましたし、そうなるように情報発信もしました。

―たしかに、単なる自分だけの「思い付き」ではない、とアピールすることは説得する際に有効に機能しそうです。そのほかメンタル面などでの心掛けはありますか。

まず、「嫌われる勇気」は大切です。否定的な事を言ってくる人に対して「嫌われたくない」と思ったらもう、ダメですね。そして「(否定的な事をいう人に対して)何がわかるんだ」というくらいの強い気持ちを持つためにも、この領域に関して「知識や経験も人脈も自分のほうが上である」と自信をもつべく、努力する必要があります。

さらにそれが、「組織の中で」だけではなくて、組織外、業界や世間に対しても通用するようになることを目指すべきだと思います。そうすれば、やるべき新事業や新プロジェクトを軸に、それができる環境に移れば良いという選択肢が生まれます。

それに気づくまで、前職時代はいくつも悔しい案件を経験しました。たとえば、クラウドファンディングによる放送事業、空港民営化事業をはじめ、様々な批判・批評うけ、立ち上げ前後や継続フェーズでおとりつぶしの憂き目にあった案件はいくつもあります。

そして、FINOLABから撤退となった際に、環境のほうを変えるために住友商事に転職したということです。住友商事には、新事業をいったん立ち上げると決めたら、すぐには引かない忍耐力と粘り強さがあると感じていますし、実際そうやって育ててきた事業が沢山あります。

食える産業は平和で豊かな社会の礎である

―新事業は、収益化の不安との戦いでもありますから、そうした姿勢はありがたいですね。そして、蓮村さんの新事業に対する強い想いを改めて感じます。そのモチベーションの背景にあるものはなんなのでしょうか。

新事業の先にある食える産業は、社会にとって絶対に必要なことです。産業の衰退や消失によって人口が流出し、社会が維持できなくなった例は枚挙にいとまがありません。炭鉱のように、資源の枯渇とともに町ごと無くなってしまうという例が象徴的です。

さきほども触れたように、学生時代、世界中を旅して戦場も見るなかで、改めて実感したのは、戦争を含め人間同士の対立が起こるいちばん大きな理由は食える産業がないことによる貧しさです。

一方で日本の状況を見ると、平成元年(1989年)に世界の時価総額ランキング50社のうち30社以上が日本企業だったの対し、いまは1社のみです※4。
こうした状況に強い危機感を抱くとともにこれからの日本社会を支える産業を創造するにはどうしたらいいか、ということは前職から通じて強く感じていたことでした。

※4:週刊ダイヤモンド特集記事「昭和というレガシーを引きずった30年間の経済停滞を振り返る」(2018年8月20日)によると1989年は、上位50社中32社が日本企業で、トップ10のうち7社が日本企業でした。
なお、World Stock Market CAPによる2021年のランキングでもランクしているのはトヨタ自動車(45位)1社です。

時代はアナログ→デジタル→クオンタムと移行する

―(トヨタがランク内に踏みとどまっている)自動車産業も、電気自動車の波に直面していますから、危機感はなおさらだと思います。「稼げる産業」という視点で、量子技術はその主要要素になり得るのでしょうか。
前編でお話したように「最先端技術」であること自体はビジネスにとって必須ではありません。しかし、歴史を振り返っても、産業と社会の変革のきっかけとなっているのはやはり「技術」です。そうした意味でも量子技術による社会変革は起きると見込んでいます。

次図は「アナログ」「デジタル」「クオンタム」の時代へと移行してくイメージ図です。「アナログ」から移行した「デジタル」の世界では、残念ながら日本は主導権を握れなかったと言えるでしょう。そこで、その次の「クオンタム(量子)」の世界では、ふたたび、日本が世界をリードできるのではないかと期待して取り組んでいるということです。

※Quantum Transformation」サイトより
https://www.quantumtransformation.world/post/info20210304

私は二児の父でもあります。QXによる社会変革を日本主導で成し遂げ、胸を張って次の世代に社会のバトンを渡せれば、これほど嬉しいことはありません。

―次の世代にどのような日本社会を残すか―。現在、前の世代から引き継いだ日本社会に対して問題意識をもち、その課題に前向きに取り組もうという人達が、増えてきたのを感じ、心強いです。微力ながら私もその同志でいるつもりです。蓮村さんの日本の未来の産業を興す取り組みとその想いを応援しています。今回はありがとうございました!

★蓮村俊彰氏プロフィール
住友商事 新規事業投資部 部長代理。2006年、慶應大学在学中にカメラマン業を法人化、2008年に廃業し電通に入社。J-WAVEやREADYFORと共同で、広告主のいないクラウドファンディングを活用した地上波民間放送を日本で初めて実現。2016年、三菱地所、電通国際情報サービスと共同でFINOLABを設立。2019年に住友商事へ転職、HAX Tokyoの立ち上げに従事。2021年、寺部雅能氏とともにQuantum Transformationプロジェクトを立ち上げ、東北大学大学院情報科学研究科 客員准教授に就任。
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